小児科医・作家
一般社団法人Yukuri-te代表理事
湯浅正太
子どもの「生きる」を考える

気づかせ気づくことの大切さ

2022/04/17
#気づかせ気づくことの大切さ #子育て #小児科医 #湯浅正太

記事【気づかせ気づくことの大切さ】

おはようございます。絵本「みんなとおなじくできないよ」の作者で、小児科医の湯浅正太です。このチャンネルでは、子どもの心に関わる物事を気ままに発信しています。ですから、紅茶でも飲みながら、ゆる〜い気持ちで聴いてもらえればと思っています。

今回は、気づかせ気づくことの大切さ、ということについてお話ししたいと思います。

このブログ記事の内容は、Voicyでも配信しています。

【この記事の執筆者(湯浅正太)の自己紹介】小児科医(小児科専門医、小児神経専門医、てんかん専門医)&作家。病気や障がいのある子どもの兄弟姉妹(以下、きょうだい)を支援するための絵本「みんなとおなじくできないよ」の作者。自身もきょうだいとして育ち、小児科医として働くかたわら、子どもの心を育てる一般社団法人Yukuri-te(ゆくりて)を設立し活動している。詳しくは、法人ホームページをご覧ください。絵本「みんなとおなじくできないよ」を Amazonで見てみる

実は異なって見えている世界

あなたは、自分に見えている世界の様子が、他人と違うと感じたことはありますか?同じ物事を見ていても、他人と違う印象をもった。そんなこと、ありませんか?

一緒に暮らしていても、親が感じている世界と、子どもが感じている世界は違うものです。そして、親が子どもに対して感じるものと、他人がその子に対して感じているものもまた、違うものです。

例えば、子どもの運動会を考えてみましょう。その子のことを仮にAくんとしてみます。Aくんは走るのが遅くて、みんなと一緒に走るリレーで少しでも頑張れるように、Aくんなりにちょっとずつ走る練習をしていました。

もともとは走るのが苦手だけど、クラスのみんなと一緒に過ごす日々が楽しくて、クラスのみんなのために貢献したいという気持ちが芽生えていました。だから、Aくんなりに、コツコツ走る練習をして頑張っていたのです。

そしていよいよ、運動会本番です。Aくんは緊張しながら、みんなで走るリレーに参加しました。お友達が次々に走って、バトンをつないでいきます。Aくんの番がやってきました。Aくんはお友達からバトンを受け取ると、一生懸命に走りました。そして、誰にも追い抜かれることなく、自分の番を走り切ることができました。

Aくんが練習を頑張っていたことを知らない他の人からみたら、Aくんは一生懸命に走っていた、という感想で終わってしまうかもしれません。でも、運動会までに練習を重ねて頑張っていたことを知っている親御さんには、Aくんがどんな風に映るでしょうか。

きっと親御さんには、Aくんがその練習の成果を無事に出せてよかった、Aくんが成功体験を経験できてよかったと、ほっとしながらとても嬉しく感じることでしょう。明らかに、親御さんと他人とでは、その感じている世界が違うはずです。

大人の見えている世界を提供する

物事の様子をどのように感じるかは、意外と一人ひとりで違うものです。同じ生活をしていても、その一つひとつをちょっと違った角度から捉えている。そういうものです。そうやって物事の捉え方がちょっとずつ違うからこそ、その後に現れる行動も変わっていくのです。

そう理解できると、心の発展の仕方がわかってくると思います。つまり、日々の生活での物事の捉え方は、意外とちょっとずつ違っているもの。その違いをそのままにしていると、自分の行動と他人の行動はやっぱり少しずつ変わっていくもの、ということです。

それが、親子の生活でも起こります。親と子どもで異なってみている世界をそのままにしておくと、いつの間にか子どもの「あれ?」という困った出来事が起きるものです。

親は何十年も生きています。親はそうやって長い間暮らしてきたので、生活の中で次に何が起こりそうか、予想しながら生きています。予想できるということは、不安が軽減するということです。

一方、子どもはどうでしょうか。日々の生活では、次から次へと新しい出来事の連続です。新しい物事だからこそ、不安もあるものです。

このように、親子で同じ生活をしていても、実は親と子で感じる不安も違うのです。だからこそ、未来のことを教えてあげながら、子どもと接します。「おトイレに行ったら、きっとおなたがスッキリするね」「怪我しちゃったけど、きっと治るから大丈夫だよ」「明日、こんなことがあるね」。

そうやって、親が知っている物事の成り行きを子どもたちに教えてあげる。それだけで、子どもたちの生活は楽になります。

折り紙に見えてくる世界

そして、子どもに見えている世界を、親の方から探索しにいく。そうやって、子どもに見えている世界を、大人も見えるようにすることを考えたいと思います。

例えば子どもが、幼稚園や小学校で何か絵を描いていたとします。その絵を描いていた時、お友達と一緒にワイワイしながら楽しい気分でいた。すると、その絵を持ち帰って、自宅で親御さんとその絵を見つめるその子どもの心には、幼稚園や学校での様子を思い出して、どこか嬉しい気持ちが現れるものです。

でも親がただ単にその絵を見ていただけでは、その絵は子どもの書いた絵、ということで片付けられてしまいます。その絵を見た時にその子が抱く気分を理解することは難しいかもしれません。つまり、親がただ単にその絵を見ていただけでは、その子の見ている世界を、やはり親が感じられないということです。

僕の外来には、色々な子どもたちが、自分で作った折り紙や、自分で描いた絵を持ってきてくれることがあります。ある時、一人の子どもが恐竜の折り紙を持ってきてくれました。片手に握りしめたその折り紙を、診察室の机の上に置いてくれました。

「お、折り紙だね、これどうしたの?」とその子に聞くと、その子は待ってましたとばかりに、その折り紙のことを教えてくれます。「これはね、恐竜なんだよ。幼稚園でね、作ったんだよ」。そうやって、自信たっぷりに教えてくれます。

確かにその折り紙は、強そうで立派な体格をしています。「へえ〜強そうな恐竜だねえ。先生と一緒に作ったの?」そう聞くと、「うん。先生がね、がお〜って言ってたんだよ。恐竜みたいにしてたんだよ」。そうやって笑って教えてくれました。

その子の折り紙には、そんな思い出が詰まっていました。もしその子と、持ってきてくれた折り紙の話をしなければ、僕にとっては、その折り紙はただの折り紙になっていたかもしれません。

でも、その子にその折り紙について話を聞いていくと、その折り紙には、先生と一緒に楽しく折った思い出があることが理解できるようになります。そして、幼稚園の先生はその子に恐竜の真似をしてあげながら、その子に楽しい思い出を作ってくれていたことがわかるのです。

子どもたちに見えている世界

子どもたちがもっているおもちゃや文房具などには、そういった思い出があるものです。そういうものに囲まれた子どもたちに見えている世界は、そのおもちゃや文房具について聞いていくことで見えてくるものです。大人が子どもの世界を探索するとは、そういうことです。

このように、大人が見えている世界を子どもに共有することや、子どもに見えている世界を知ろうとすることで、親子の世界を近づけることができるようになります。親子で見ている世界が共有できると、子どもの生きやすさを生み出したり、子どもの生きづらさに気づきやすくなります。

お互いの世界を共有すること。実はこれ、人が生きるうえでとてつもなく意味があるのです。

そんな風に色々思うところがあります。だいじょうぶ。まあ、なんとかなりますよ。

記事のポイント!

  • 親子で見ている世界が違うもの
  • 親に見えている世界を子どもへ伝える
  • 子どもに見えている世界を知りにいく

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