小児科医・作家
一般社団法人Yukuri-te代表理事
湯浅正太
子どもの「生きる」を考える

小児科医が少年時代に感じたカルチャーショック

2022/04/11
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記事【小児科医が少年時代に感じたカルチャーショック】

おはようございます。絵本「みんなとおなじくできないよ」の作者で、小児科医の湯浅正太です。このチャンネルでは、子どもの心に関わる物事を気ままに発信しています。ですから、紅茶でも飲みながら、ゆる〜い気持ちで聴いてもらえればと思っています。

今回は、少年時代に感じたカルチャーショックについてお話ししたいと思います。

このブログ記事の内容は、Voicyでも配信しています。

【この記事の執筆者(湯浅正太)の自己紹介】小児科医(小児科専門医、小児神経専門医、てんかん専門医)&作家。病気や障がいのある子どもの兄弟姉妹(以下、きょうだい)を支援するための絵本「みんなとおなじくできないよ」の作者。自身もきょうだいとして育ち、小児科医として働くかたわら、子どもの心を育てる一般社団法人Yukuri-te(ゆくりて)を設立し活動している。詳しくは、法人ホームページをご覧ください。絵本「みんなとおなじくできないよ」を Amazonで見てみる

友だちを通して世界が広がる

あなたは、どんな家庭で育ちましたか?兄弟がいてワイワイ騒がしい家庭でしたか?自宅に帰るといつも「おかえり〜」と言って、あなたの帰りを待っていてくれる家庭でしたか?

あなたが過ごした家庭は、一つの小さな社会です。家庭という小さな社会で色々な経験をしながら、しばらくすると学校という社会を経験します。そしてもっと大きくなると、さらに大きな社会を経験するようになります。

子どもたちは、経験する色々な社会を当たり前のものとして受け入れていきます。まだまだ比較するだけの社会を知らないために、それはそういうものとして、あらゆる社会を受け入れようとする。

自分が置かれた社会を受け入れるということは、自分を受け入れるということでもあります。自分が置かれた社会を肯定することで、自分のことを肯定する。そういった心の作業を、子どもたちはいくつも経験していくわけです。

そうやっていくつもの社会を経験していくにあたり、家庭にはとても大切な機能がありました。それは、自分を認めてくれて、かつ、安心できる場所、という機能です。

子どもたちは、自分のやりたいという行動をどんどん発展させていきます。そうやって好奇心をもちながら外の世界を開拓していきます。でも、そうやって新しい世界、新しい社会を経験していくと、時々不安になることもあります。そんな時は安全でいられる親の元に戻り、不安を解消します、不安が解消できたら、また外の世界を探索する。その繰り返しです。

そうやって子どもたちは、新しい世界を開拓していきますが、新しい世界を開拓していく時に大切な役割を果たす人がいます。それが、友人です。

当たり前ですが、友人は自分とは別の経験をしています。自分が知らない新しい遊び場、新しい学びを経験しているものです。子どもたちは色々なお友達と関わる中で、そのお友達を通じて自分の知らなかった世界を見つけていくのです。

そうやって友達を通じて知る世界には、自分の経験してきた習慣とは違う習慣があるものです。自分が当たり前と思っていた習慣が、当たり前ではないという経験も積みます。その時人の心は、違和感を感じるものです。それが、カルチャーショックです。

自分が知らない世界

僕の少年時代のことを振り返ってみたいと思います。僕は小学4年生の時に、別の小学校に転校しました。このお話は、その転校する前のお話です。小学校2年生か3年生の頃のお話しです。

ある時、クラスのお友達に誘われて、初めてその子の家に遊びにいったことがありました。ここでは、その子のことをAくんと呼びましょう。学校が終わって、Aくんと一緒にAくんの自宅に行くと、家には誰もいませんでした。Aくんにとってそれは、当たり前のようでした。

そして、家の玄関のドアの前で、Aくんはズボンのポケットから鍵を取り出しました。するとその鍵には、長年ずっと使っていたことがわかるような、ボロボロの長い紐がついていたんですね。その紐を見るだけで、Aくんがずっとそうやって過ごしてきたことがわかりました。自宅には誰もいなくて、一人で鍵を開けて自宅に入る。そんな生活をずっと続けていたことがわかりました。

鍵を開けて、Aくんの自宅に入ると、モワッとした空気と薄暗い世界がありました。そんなひと気のない中を、Aくんは当たり前のように進んでいきます。Aくんに「入って」と言われて、僕は恐る恐るその家にお邪魔しました。

家には誰もいなくて、ボロボロの長い紐のついた鍵を持っている。そのことが、僕の心に引っかかる。でも、その時は何が心に引っかかっているのか、自分ではわかりませんでした。

Aくんが僕を部屋に招いてくれます。その部屋にはテレビの他に、ファミリーコンピュータというゲーム機が置かれていました。Aくんは、また当たり前のようにテレビをつけて、ゲーム機のスイッチを入れます。そして、黙々とゲームをやり始めるんですね。Aくんに「一緒にやろうよ」と言われて、僕も一緒にそのゲームをやりました。

そして今度は、「買い物に行こう」と誘われて、Aくんと一緒に買い物に行くことになりました。買い物に行くというから、近所のスーパーかと思ったら、近所の駅から電車を乗りついで、アニメのグッズを売っているお店につきました。

当時僕は一人で電車に乗るということをしていませんでしたから、Aくんが当たり前のように電車に乗って、違う街に行って買い物をするということに驚きました。しかも、Aくんはそれを当たり前のようにこなしています。

ですからAくんは、僕が知らない世界をたくさん知っていました。電車の乗り方も含めて、世の中の仕組みを色々知っていたんです。でもやっぱり、僕の心には何か引っかかるんですね。そうやって、驚きもありながら、なんだか心の中に引っかかるモヤモヤしたものも感じながら、僕は自宅に帰りました。

家族の温もり

それからどれくらい経った頃か忘れてしまいましたが、学校の授業で夏休みの家族の思い出を絵で描く授業がありました。その時僕は、家族でおばあちゃんの家に行った絵を描いた気がしますが、あまりはっきり覚えていません。あまり覚えていないというのは、思い出なんていっぱいあって、特別なものとは思っていなかったからです。そんな絵をささ〜っと描いて、クラスの友達と一緒に何か他のことをして遊んでいたんですね。

そんなことをしてしばらくすると、Aくんが先生とじっと話している光景が目に止まりました。「どうしたの?」と近寄ると、Aくんが泣いたのです。そして、その泣いているAくんを先生が慰めていたのです。

周りのみんなはとっくに絵を描き終えています。思い出を描くことにそんなに時間はいりません。だって、家族の思い出はいっぱいあるから。

でもAくんは違ったのです。先生が何かを聞こうとすると、Aくんは「わかんない」と言って、机の上に突っ伏して泣いていました。Aくんの「わかんない」は、僕の理解では、「家族の思い出が、わからない」というように聞こえました。そんな様子を目にして、Aくんの自宅にお邪魔した時に僕の心に引っかかっていたものに気づいたのですね。

それは、家族の温もりでした。

僕にとって当たり前の家族の温もりは、Aくんの生活に感じることができませんでした。それが、少年時代の僕の心にはショックだったのです。Aくんは色々な生活の知恵をもっていましたが、肝心の家族の思い出がなかったのです。

小児科医になり、あの頃の様子が色々な角度から理解できるようになりました。Aくんは、親子のつながりが少ない中で一生懸命生きていたのだろう、ということ。おそらくAくんの親御さんも、社会の中で必死に子育てをしていたのだろう、ということ。そして、机に突っ伏していたAくんをみて、担任の先生はAくんの複雑な生活を感じていたのかもしれない、ということ。

Aくんの生きる様子は、僕の心に響きました。そのように、様々な子どもの心は、周りの子どもの心に影響します。子どもたち一人ひとりが、家族の温もりを感じられるように、社会は家族の在り方を考えなければいけない。今、そう強く感じています。

Aくんが思い出の絵を描けないことは、Aくんのせいではないし、Aくんの家族のせいとも言えない。子どもは社会の宝として、親子のきずなをつくれる環境を社会が提供する。子どもを育てやすい社会を真剣に考えたいと思います。

そんな風に色々思うところがあります。だいじょうぶ。まあ、なんとかなりますよ。

記事のポイント!

  • 子どもにとって、家庭の温もりが欠かせない
  • 友だちを通して広がる世界がある
  • 子どもたちは、様々な世界を感じている

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